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出エジプト記1:1~2:10 神の民の苦難  [説教]

【聖書箇所】出エジプト記1:1~2:10(2:1-10)
【説 教 題】神の民の苦難
【中心聖句】わたしに聞け、ヤコブの家と、イスラエルの家のすべての残りの者よ。胎内にいる時からになわれており、生まれる前から運ばれた者よ。あなたがたが年をとっても、わたしは同じようにする。あなたがたがしらがになっても、わたしは背負う。わたしはそうしてきたのだ。なお、わたしは運ぼう。わたしは背負って、救い出そう。(イザヤ46:3・4)
【説 教 者】黒田 明
【新 聖 歌】333

きょうからしばらくの間、旧約聖書の歴史的8区分でいうと「族長時代」の後に続く「出エジプトの時代」を学ぶことになります。はたして、アブラハム、イサク、ヤコブ、そしてヨセフと続いた族長時代が、その後、神の民イスラエル(民族)としてどのように形成されていったのか…。今回は、その歴史の始めの部分を扱うことになります。
 なお、出エジプト記に入る前に、まずは創世記12:2、15:13、そして15:14をお開きください。ここにはアブラハムとその子孫、すなわち神の民イスラエルに対する神の預言的約束が記されています。どんな内容かというと、
① 12:2 神の民イスラエルは、大いなる国民となる。
② 15:13 但し、他国で奴隷となり、400年もの間、苦しむ。
③ 15:14 けれども、その後、彼らはそこから救い出される。

そこで今度は出エジプト記をご覧いただきたいのですが、先ほど申し上げた神の預言的約束が、ここにきてことごとく成就していることがわかるのです。たとえば、1つ目の「神の民イスラエルは、大いなる国民となる」ということについてはどうかというと、1:5~9のみことばが、それを裏付けていると思うのです[読む]。このように、当時の大国エジプトにおいて1つの国家を形成することができるくらいにまで彼らは成長したのです。
 では、2つ目の「但し、他国で奴隷となり、400年もの間、苦しむ」ということについてはどうかというと、まずは1:8~22のみことばが神の民の苦難を裏付けていると思うのです。すなわち、当時のエジプトにとってイスラエル人はとてもよい労働力だったわけですが、さりとて彼らがこれ以上に増え、また強力になってくると、やがては国家を脅かす存在になってくるので、そのことを恐れたエジプトの王パロは、イスラエル人に対して次のような対策をとったのです。
① 過酷な労働ということ。しかし、12節にあるとおり、イスラエル人は苦しめば苦しむほど、ますます地に増え広がっていきました。そこで、次にとった対策が、
② 分娩直後の男児殺害ということ。けれども、17節にあるとおり、イスラエル人の助産婦たちにはまことの神を恐れる信仰がありました。いのちを大切にする彼女たちの信仰が、イスラエル人のたくさんの小さないのちを救ったのです。ところが、王がとった次の対策は、さらに残酷なものでした。すなわち、
③ 生まれてきた男児の溺死による虐殺ということ。22節[読む]。

 このように、イスラエル人はこうしてエジプトで奴隷となり、苦しみを受けたのです。そして出エジプト記をさらに読み進めていくと、彼らのエジプト滞在期間が430年であったことが、12:40からわかります。つまり、エジプトに滞在することになった初期の頃は別として、やがて彼らはその地で「奴隷となり、400年もの間、苦しむ」との預言は、このようにして成就したことがわかるのです。
 そして3つ目の「けれども、その後、彼らはそこから救い出される」ということについてはどうかというと、この約束は12:41においてみごとに成就したことがわかるのです。すなわち、神のご命令に従ったイスラエル人は、後に見る「過ぎ越し」という出来事を通して、苦しみの奴隷状態から解放されるというドラマチックな経験をすることになるのです。
 ところで、出エジプト記の主人公と言えばモーセでありますが、彼はこういった暗い、また苦難の只中に生まれてきたのです。そこでまずは、2:1~2をご覧ください。ここには彼の両親のことについてが触れられています。はたして、モーセ誕生の際、両親は何をしたかというと、「そのかわいいのを見て、三か月の間その子を隠しておいた」というのです。すなわち、「生まれた男の子はみな、ナイルに投げ込まなければならない」との王の命令に対して、彼らは勇気をもって無言の抵抗を試みたのです。しかも、へブル人への手紙11:23によると、彼らは「信仰によって」それをなしたと記されています。
 つまり、彼らにとって、それに従うか従わないかを選択する基準になったのは、「まわりがやっているから私もやる」という安易な状況判断によったのではありませんでした。むしろ「信仰による選択」…、つまりそれに従うか従わないかの選択の基準になったのは、彼らにとって「神さまのみこころは何か」という信仰によったのです。では、彼らはそれをどのようにして自分のものにしていくことができたのでしょうか。思うに、彼らはいつも全能の主なる神との親しい交わりを持っていました。できる限り深く主なる神と結びつき、主なる神の知恵をいただき、こうしてできる限り主なる神のみこころの近くに生き、またその真ん中を歩めるよう心がけていった…。つまり、こういった日々の信仰生活の積み重ねが、彼らを霊的な信仰者へと変えていく大きな要因になっていったに違いないのです。願わくは、私たちも聖書を読み、祈ることを通して、できる限り深く主なる神と結びつき、主なる神の知恵をいただき、こうしてできる限り主なる神のみこころの近くに生き、またその真ん中を歩めるよう心がけていきたいものです。
 さて、次に3節から10節をご覧ください。ここには、モーセが生まれてから三か月後のことについてが取り上げられています。すなわち、もう隠しきれない、他に手はないと判断した両親は、モーセをかごの中に入れると、ナイル川に流すという行動をとったのです。はたして、モーセのいのちはどうなってしまうのかというと、幸いにも、姉ミリヤムの機転とエジプトの王女のあわれみによって、モーセの小さないのちは救われるのです。しかも、聖書をさらに読み進めていくと、彼はその幼児期を実の母によって育てられるという不思議な展開をみせることにもなっていくのです。さらには、モーセが何歳頃まで母親のもとで育てられたのか、それはわかりませんが、そこでの幼児教育がまことの神への信仰を彼に与えたであろうことは疑う余地がありません。
 いずれにせよ、暗い、恐ろしい時代の中にあって、神さまはあるときには両親を用いて、あるときには姉ミリヤムを用いて、またあるときにはエジプトの王女さえも用いて、モーセのいのちを守ってくださいました。同様に、本日の中心聖句をご覧いただくなら、神はご自身の民となった私たちに対しても、「背負う」ということばを用いて、ご自身による確かな保護を約束してくださっているのです。願わくは、このみことばの約束に堅く立ち、苦難のとき、私たちを背負ってくださる、また肩入れしてくださる…、そんな力強い神ご自身に信頼していくお互いでありたいと思うのです。


【恵みの分かち合い】
1.モーセが生かされるために、どんな人々が用いられましたか。あなたはそこから何を学ぶことができますか。
2.あなたはこれまでにどんな神の守りを体験してきましたか。分かち合ってみましょう。

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