So-net無料ブログ作成

マルコの福音書10:32~45 弟子の道 [説教]

【聖書箇所】マルコの福音書10:32~45
【説 教 題】弟子の道
【中心聖句】あなたがたの間では、そうではありません。あなたがたの間で偉くなりたいと思う者は、みなに仕える者になりなさい。(マタイ20:26)
【説 教 者】黒田 明
【新 聖 歌】385or404


 過ぎ越しの祭りが近づき、大勢の人々がエルサレムを目指して旅をしていたときのことです。主イエスさまと弟子たちも、エルサレムへと向かって旅をしていました。ところが、エルサレムにはイエスさまを憎む祭司長やパリサイ人たちがいて、どうやら彼らはイエスさまを捕まえては殺そうと探し回っていたようです。けれども、イエスさまはそのことをご存じの上で、父なる神さまのみこころに従われたのです。なお、このときイエスさまは12弟子とほかの多くの弟子たちの先頭に立って歩いて行かれました。
 ところで、そんなイエスさまの後ろ姿に弟子たちはいつもと違う何かを感じたようです。というのも、「弟子たちは驚き、また、あとについて行く者たちは恐れを覚えた」と、12節にあるからです。思うに、弟子たちはそのとき、イエスさまの後ろ姿が何か勇ましくも見え、また孤独にも見えたのかもしれません。また、弟子たちはかつてイエスさまからご自身の受難に関する予告を聞いていましたから、迫り来る死を彼らなりに察知したのかもしれません。「弟子たちは驚き、また、あとについて行く者たちは恐れを覚えた」という表現には、そんな緊迫した様子が描かれているのだろうと思うのです。
 ともあれ、そんな弟子たちの様子を感じとったイエスさまは12弟子だけをそばに呼んで、歩きながらお話しになりました。33-34節を読みましょう。イエスさまはご自身がエルサレムでユダヤ人の指導者たちに捕まり、十字架にかけられると予告なさいました。けれども3日目によみがえるともおっしゃったのです。ところが、弟子たちにはその意味を十分に理解することがこのときできていませんでした。そのことは、ヤコブとヨハネの兄弟がイエスさまに近づいて、イエスさまに申し上げた彼らの次のことばによってわかります。35-37節を読みましょう。どうやら弟子たちはイエスさまがユダヤ人の王になる日が近づいたのだと思い違いをしていたようです。それで、ヤコブとヨハネは、王の右と左に座る人、つまりイエスさまの次に偉い立場になりたいと願ったのです。
 そんなヤコブとヨハネに、イエスさまはおっしゃいました。「あなたたちは、何もわかっていないのですね。わたしはこれから大きな苦しみを受けるのです。あなたたちもその苦しみを受けることができるのですか」。イエスさまは、ご自分がすべての人の罪を背負って、十字架にかかる苦しみのことをおっしゃったのですが、ヤコブとヨハネはよく考えもせず、張り切って「できます」と答えてしまうのです。そこで、イエスさまは二人を見つめておっしゃいました。「確かにあなたたちは、わたしに従うために苦しみを受けることになるでしょう。でも、わたしの右と左に誰が座るかは、わたしが決めることではなく、父なる神さまがお決めになることなのです」と・・・。
 なお、このやり取りをあとで知った他の弟子たちは、「やつらめ、ずるいぞ」と腹を立てました。というのも、みながヤコブとヨハネと同じように、自分の地位や名誉を求めていたからです。つまり、この地上での自分の地位や名誉に執着していたのはヤコブとヨハネだけではなかったということです。
 そこで、イエスさまは弟子たちを集めてお話しになりました。42-44節を読みましょう。要するに、イエスさまはここで、この世の在り方とは違う、主イエスさまの弟子としての道、弟子としての在り方をお教えになられたのです。なお、イエスさまがお教えになられた弟子としての道とは、それは「仕える者になる」というものでした。すなわち、この世は地位や名誉に価値を見いだし、トップになることを目標にします。また、トップになって人を支配することが目標にもなっていきます。けれども、信仰者は神と人とに仕えることを目標にすべきであるというのです。なお、このことは「向上心をもつな」ということではありません。向上心は、人として成長するために神さまが与えてくださった大切な資質です。けれども、その向上心が野心・野望へと変わったとき、正当な欲求が罪深い欲望へと魔物化していくことがあるので、私たちはそこに気をつけなければいけないし、また神さまによって守っていただかなければいけない領域ではないかと思うのです。
 というわけで、私たちの向上心が野心・野望へと変わらないように、また正当な欲求が罪深い欲望へと魔物化していかないように、お祈りしながら主の弟子としての道を歩むお互いでありたいと思うのです。また、周りの人たちの気持ちや置かれている状況を気遣い、へりくだって行動したイエスさまに倣っていくお互いでもありたいと思うのです。
 なお、今回の学びの範囲を越えてしまいますが、聖書を読み進めてまいりますと、やがてヤコブとヨハネをはじめ主イエスさまの弟子たちは、それぞれが仕える人生を送っていくことになります。すなわち、主イエスさまの復活後、聖霊によって自分たちの罪と弱さが変えられ、主イエスさまの弟子としての真の道に彼らは変えられていったのです。そして、そのようにして変えられていった彼らによって、まさに主イエスさまの福音が全世界へと伝えられていったのです。


【恵みの分ち合い】
1.「仕える」ということについて、自由に話し合って見ましょう。
2.ヤコブとヨハネのその後の歩みについて調べてみましょう。

nice!(0) 

nice! 0

この広告は前回の更新から一定期間経過したブログに表示されています。更新すると自動で解除されます。