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神殿建築とソロモンの失敗 列王記 第一 6:1~2、11:1~6 [説教]

【聖書箇所】列王記 第一 6:1~2、11:1~6
【説 教 題】神殿建築とソロモンの失敗
【中心聖句】あなたの行く所どこにおいても、主を認めよ。そうすれば、主はあなたの道をまっすぐにされる。(箴言3:6)
【説 教 者】黒田 明
【新 聖 歌】311


 ソロモンが王になって4年目のことです。彼は父ダビデから託された神殿建築という大事業に取りかかりました。ちなみに、その神殿の構造について説明いたしますと、基本的には荒野の時代の幕屋と同じでした。手前には犠牲をささげる祭壇があり、その奥には本堂(聖所)と内堂(至聖所)がある建物としたのです。そして、完成の際、神殿は罪を贖うための犠牲の儀式が行なわれる場になっていきました。また、神がイスラエルの民と共にいてくださる臨在のあかしとして、彼らにとっては決定的に大切な信仰の施設ともなっていったのです。
 思い返せば、父ダビデも神殿建築を願っていました。けれども、神がダビデに求めておられたのはそのための下準備だったようです。そこで、彼は神殿建築のための場所をまずは確保することにしました。また、引き継ぐ息子ソロモンのためには、資材の調達や自国にはない高度な技術を近隣の国々から得るための外交等など、できる限りの準備を重ねました。要するに、そのような父ダビデの努力と情熱があったからこそ、ソロモンもそれに応えて最善を尽くし、大事業であった神殿の完成をみることができたのです。
 なお、ソロモンはこうしてダビデの願いを引き継いで念願の神殿を完成させたわけですが、その第二期工事として今度は宮殿の建築に取り組むのです。調べによると、神殿完成には7年、宮殿完成には13年の年月が費やされたようです。完成した神殿ですが、それは長さ26㍍、幅9㍍、高さ13㍍の建物で、膨大な金や銀や宝石などがふんだんに用いられていたようです。ですから、そのスケールの大きさといい、豪華さといい、細工の巧みさといい、当時の世界建築においてこれに並ぶものはなかったと言われています。
そして、完成した神殿には父ダビデが戦利品として得たすべてのものが運び入れられました。また、祭司たちの手によって大切な契約の箱が至聖所に納められました。すると、神の栄光が神殿に満ちあふれたものですから、ソロモンは主の御前にへりくだりました。そして、罪の赦しと悔い改めを受け入れていただくことを求めて、民を代表して神に祈りがささげられました。さらにまた、完成した神殿さえ神のものであるとして、これをささげる奉献の祈りがささげられたというのです。
ということで、実にすばらし神殿建築と奉献の祈りをささげたソロモンではあったのですが…。とはいえ、人間とはだれしも罪深い存在であります。後になって、ソロモンもまた悪しき罪にとらわれてしまうのです。すなわち、イスラエルの地位が国際的に高まり、諸外国との交流が進み、王への称賛の声も高まるにつれて、富の誘惑、性的な誘惑、宗教的な誘惑に勝利することができず、ソロモンは屈していくのです。思うに、彼は父ダビデの失敗やサウル王の失敗を知っていたはずです。しかし、人間の罪深さといいましょうか、あのソロモンでさえ罪を犯し、その繁栄は彼の人生の後半においてもろくも崩れ果てていくのです。
はたして、そのきっかけは何だったのでしょうか。思うに、ソロモンが王になりました最初のころ、彼はエジプトの王パロの娘を妻として迎え入れたわけですが、ここからすでにじわりじわりと崩壊が始まっていたのではないでしょうか。というのも、これは人間的な知恵を頼りにしてしまったところの政略結婚であって、まことの神への信仰からくる決断ではなかったからです。もちろん、彼に信仰がなかったわけではありません。けれども、神に信頼しきれない彼の弱さと妥協、信仰的無力さや無知、このようなものがソロモンの信仰的な決断をにぶらせたのです。
 こういうことで、以後、ソロモンは次々に外国の女性たちと結婚し、ほかにもそばめを召し入れるようになっていくのですが…。するとどういうことになるでしょうか。はじめは唯一の神である主に従っていたソロモンが、やがては妻やそばめたちの信じる他の神々をも認めて便宜をはかるようになり、ついには王を頂点としてイスラエル全体が偶像礼拝という信仰的堕落に落ち込んでいくのです。
 なお、神はソロモンのこうした態度をさばかれました。というのも、国外からは敵対者が起こって王国は苦いめにあい、国内からは反逆者が起こって、ソロモンの死後、イスラエルは2つの国に分裂してしまったからです。
 以上のようなわけで、私たちは今回、次の2つの教訓を得たいと思います。
① 神に対する初めの熱心さを失い、神から離れてしまうことがソロモンだけでなく、私たちにもありうるということに気づき、日々、神に信頼していくということ。
② 神に敵対して堕落するわけではないが、ときに妥協の道を選んで堕落していくこともあるということを覚え、ひたすら神の側に立って歩み続けていけるよう祈るということ。そのためにも、今回の中心聖句を覚えておくことにいたしましょう。


【恵みの分かち合い】
1.サウル王、ダビデ王、ソロモン王の弱点は、各々、何だったでしょうか。
2.クリスチャンとして日本で生きていく上で、どんな困難がありますか。

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